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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)2195号 判決

第一事件原告・第二事件原告(以下原告という。)

鎌田裕司

右訴訟代理人弁護士

遠田義昭

田中博

第一事件被告(以下被告という。)

株式会社よみうりスポーツ

右代表者代表取締役

清水正之

第二事件被告(以下被告という。)

永楽正気

右両名訴訟代理人弁護士

山本忠雄

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金三九一万四五六〇円及び内金三五五万四五六〇円に対する平成二年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することが出来る。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(第一事件)

1 被告株式会社よみうりスポーツ(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、二六八九万一〇〇〇円及びこれに対する平成二年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告会社の負担とする。

3 仮執行宣言

(第二事件)

1 被告永楽正気(以下「被告永楽」という。)は、原告に対し、二六八九万一〇〇〇円及びこれに対する平成二年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告永楽の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(事案の概要)

本件は、スイミングスクールのインストラクターが、背泳のスタートを指導していた際に、眼に受講生の手が当たり、傷害を負ったため、上司に対し、民法七〇九条に基づき、勤務先の会社に対し、民法七一五条、四一五条等に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  請求原因

1 原告と被告らとの関係

(一) 原告は、昭和六三年一一月一日、被告会社にアルバイトの水泳インストラクターとして雇用され、平成二年七月一三日まで、被告会社の運営するよみうりスイミングスクールにおいて、水泳指導の業務に従事していた。

(二) 被告永楽は、被告会社に主任コーチとして勤務し、原告ら水泳インストラクターを指揮監督する地位にある。

2 労災事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 発生日時 平成二年三月一八日午後一時四〇分頃

(二) 発生場所 よみうりスイミングスクールのプール(以下「本件プール」という。別紙図面参照。)内

(三) 被害者 原告

(四) 加害者 右スクールの受講生上田真季(以下「上田」という。)

(五) 事故態様 原告が泳力の低い受講生に対し、本件プールの二コースと三コースを使用して背泳のスタートの指導をしていたところ、三コースのスタート地点で「ヨーイ」の姿勢(いつでもスタートができるように体を引きつけ背中を丸くしている状態)で待機していた上田が「ドン」の合図がないのに合図があったものと勘違いし、突如スタート動作を開始し、バランスを崩した状態で二コース寄りに飛び出したため、上田のスタート地点から二メートルほど離れた地点(三コースの二コース寄りの地点、別紙図面地点、以下地点という。)で、二コースにいた受講生のスタートの姿勢等を確認指導していた原告の右顔面に上田の左手が当たり、原告は右眼瞼・結膜裂傷、網膜裂孔等の傷害を負った。

3 本件事故についての被告らの責任

(一) 被告永楽の不法行為責任

(1) 受講生の指導を十分に行い、インストラクターの安全を図るためには、一コースにつき一指導員が担当するのが妥当であるのに、被告永楽は、本件事故当日、原告に対し、本件プールの二ないし六コースの五コースにおいて、一七名の受講生を、一人で指導するように命じた。

(2) 背泳のスタートの指導においては、プール内ではなくプールの上から指導するのが安全であるのに、被告永楽は、本件事故以前から、原告に対し、プールの上での指導を禁止し、プール内で指導するように強要した。

(3) 被告永楽は、原告が本件事故により傷害を負ったのであるから、直ちに原告の指導を中止させて、治療のうえ、休養を取らせるべきであるのに、原告に引き続きプールに入り受講生の指導を続けるよう命令した。また、本件事故当日以降も、同被告は、原告に出勤を命じ、担当医師が許可する一時間を越えて、平成二年四月二一日には三時間、同月二二日には四時間にもわたりプール内で指導するよう命じ、そのために、原告は、同月二二日、右眼が腫れ上がった。

(4) インストラクターの健康上、プール内で指導に当たる時間は、一か月あたり九〇時間が限界であるのに、被告永楽は、原告の就職後間もない頃から、一か月当たり一〇〇時間以上もプール内で指導を行うよう命じた。

(5) 被告永楽には、以上の過失があり、このため本件事故が発生したから、民法七〇九条の責任を負う。

(二) 被告会社の使用者責任

前記のとおり、被告永楽は被告会社の従業員であり、被告永楽の右不法行為は被告会社の業務の執行につきなされたものであるから、被告会社は、原告に対し、民法七一五条に基づき、本件事故につき責任を負う。

(三) 被告会社の安全配慮義務違反

被告会社は、原告の雇用者として、原告が水泳指導を行うに際し安全に指導が行えるよう配慮すべき義務を負うところ、被告永楽は、被告会社の主任コーチとして、各インストラクターを指揮監督していたのであるから、被告会社の履行補助者の地位にある。

したがって、被告永楽の行為は被告会社の行為と信義則上同視され、被告永楽の前記不法行為は、被告会社の安全配慮義務違反となる。

よって、被告会社は、原告に対し、民法四一五条に基づき、本件事故につき責任を負う。

(四) 被告会社の損害補償契約に基づく責任

平成二年九月一一日、原告と当時の被告会社代表者の松波昭二(以下「松波」という。)とは、本件事故により原告に生じた損害を被告会社がすべて賠償する旨の合意をした。

4 解雇(以下「本件解雇」という。)

被告会社は、平成二年七月一三日、原告を解雇した。

5 本件解雇の違法性及び被告らの責任

本件解雇は、原告が業務上の傷害により療養中の解雇であって、労働基準法一九条違反の違法行為である。

被告永楽は、被告会社に対し、助言、進言等をし、その結果、本件解雇に至ったものであるから、被告会社の右不法行為に加担したことになる。

よって、被告らは、共同不法行為者として、民法七〇九条及び同法七一九条一項に基づき、本件解雇により原告に生じた精神的損害を賠償する義務を負う。

6 損害

(一) 原告の治療経過及び後遺障害

原告は、本件事故当日、箕面市立病院に通院し、応急処置を受けたが、同病院では右眼瞼の裂傷の縫合ができなかったため、中央急病診療所において、右の瞼を六針縫った。そして、原告は翌一九日、北野病院に通院し、右眼瞼・結膜裂傷、右網膜振盪症、右網膜裂孔との診断を受け、光凝固の治療を受けた。その後、原告は、同病院に、同月二二、二九日、同年四月一二、一九、二二、二六日、同年五月一〇日、同年六月七日、同年七月一九日、同年九月二五日、同年一一月一九、二二、二六日、翌平成三年二月一四、一九日、同年三月一、一七日に通院し、同日、右眼調節力障害の後遺障害を残し、病状固定した。

そして、大阪労働基準監督署は、平成三年三月三〇日、右後遺障害が労働者災害保険法(以下「労災保険法」という。)施行規則別表後遺障害等級表の第一二級一号(以下「一二級一号」という。)に該当すると認定した。

(二) 損害額

原告の本件事故及び本件解雇による損害は、次のとおりである。

(1) 逸失利益 八八六万八八〇五円

原告(昭和四三年八月二八日生)は、前記症状固定時には満二二歳であったから、四五年間就労可能であり、本件事故当時、アルバイト勤務であったが、被告会社から正社員として採用されることが約束されていた。したがって、逸失利益の算定にあたっては、アルバイトとしての実収入によることなく、平成元年賃金センサス産業計・企業規模計・新中卒・二〇ないし二四歳の男子労働者の平均賃金である年収二七二万六九〇〇円により算定すべきである。そして、前記後遺障害により、労働能力を一四パーセント喪失したので、逸失利益は次のとおりとなる。

(算式) 272万6900円×0.14×23.231=886万8805円

(2) 通院慰謝料 一〇三万円

平成二年三月一八日から同三年三月一七日までの通院慰謝料

(3) 後遺障害慰謝料

四五九万二一九五円

(4) 違法解雇による慰謝料

一〇〇〇万円

前記のとおり、被告会社及び被告永楽は、労働基準法一九条に違反して原告を解雇したところ、被告らは、原告に対し、いずれ正社員にするなどと甘言を弄して過酷な労働を強いておきながら、原告が本件事故により傷害を負うと、使いものにならないと考え、非情にも原告を解雇したのであって、極めて違法性が高い。

(5) 弁護士費用 二四〇万円

7 よって、原告は被告らに対し、連帯して、右損害合計二六八九万一〇〇〇円及びこれに対する本件解雇の翌日の平成二年七月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

1 請求原因1は認める。

2 請求原因2の(一)ないし(四)は認める。(五)については、原告が傷害を負ったことは認めるが、その余は知らない。

3 請求原因3について

(一)(1)は否認する。

一指導員が安全に指導できる受講者数は、受講生の水泳レベル、能力、講習の内容、指導員の経験、能力などによって決まり、一概に何名とはいえない。本件事故当日、原告は五コースに分かれた一七名を指導していたのではなく、四コースに分かれた一〇名を指導していたのであり、二、三名が各コースに分かれ、安全な状況にあったから、危険防止のために二人以上の指導員を要する状況にはなかった。

(一)(2)は否認する。

プール内で指導するかプールの上で指導するかは各インストラクターの判断に任されていた。そして、プール内で指導する場合にはスタート台から五メートル以上離れた位置で指導するよう、被告永楽は指示していた。

(一)(3)のうち、被告永楽が本件事故後も指導を続けるよう命じたことは認め、その余は否認する。

本件事故直後、被告永楽が原告を見たときには、眉毛の下を切っていたが、出血はなかった。そのため、眼を怪我したようには見えなかったが、医務室に連れて行きしばらく様子を見ていたものの、受講生を放置したままであったので、当該クラスが終了したらプールから上がるよう指示した。

(一)(4)は否認する。

原告が本件事故以前、一か月一〇〇時間以上プール内で指導していたとしても、原告の希望によるものであり、被告永楽の強制はない。

(二)のうち、被告永楽が被告会社の従業員であることは認め、その余は争う。

(三)のうち、被告会社が原告に対し、安全配慮義務を負うことは認め、その余は争う。

(四)は否認する。

松波は原告に対し、責任をもって話し合う、と言ったにすぎず、法的責任を明確にするような金額、支払方法等の具体的合意は存在しない。

4 請求原因4は認める。

5 請求原因5は否認し、争う。

原告は、既に、平成二年四月一五日には復職し、被告会社で水泳インストラクターとして勤務していたから、本件解雇は療養による休業中になされたものではない。したがって、労働基準法一九条に違反しない。

原告は、本件事故前から、受講生の児童に対し度々暴言を吐き、父兄から苦情を受けていたため、再三にわたり被告会社の専任コーチから注意を受けていた。本件解雇当日にも受講生の父兄から、原告が「おまえはばかだ。プールをやめろ。」との暴言を吐いた旨抗議があったので、被告会社は原告の右行状は改善されないと判断し、原告を解雇したのであって、本件解雇には正当な理由がある。

また、原告は、本件解雇後の平成二年七月一八日、労働基準法所定の解雇予告手当として、三〇日分の平均賃金一二万一〇〇〇円を異議を止めず受領し本件解雇を承認した。

6 請求原因6(一)のうち、平成二年三月一八日から同年六月七日までの間、原告主張の日に、各病院に通院したこと、大阪労働基準監督署より一二級一号の認定を受けたことは認める。本件事故と原告主張の後遺障害との相当因果関係は否認する。その余は知らない。

原告の後遺障害は、本件事故後に原告が使用した薬剤の影響、担当医師の治療の誤り、原告の不摂生等本件事故とは関係のない事由により生じたものであり、本件事故との間に相当因果関係はない。

7 請求原因6(二)はすべて否認する。

三  抗弁(被告ら)

1 過失相殺(請求原因3(一)、(二)、(三)に対して)

本件事故は、原告が背泳のスタートの指導をプール内の、スタート台から二メートルの位置で行っていたために、発生したものであり、原告の過失は大きい。すなわち、背泳のスタートの指導はプールの上で行うか、プール内で行う場合には、スタート台から五メートル以上離れた地点で指導すべきであり、被告らはその旨指導してきた。さらに、原告は本件事故当時、被告会社の水泳インストラクターとして一四〇〇時間以上の指導経験を有していたのであるから、スタート台に接近して指導することの危険性は十分理解していた。

原告の過失割合は九九パーセントである。

2 損害の填補

原告は、前記後遺障害につき、労災保険法に基づく障害補償給付支給金五四万〇六九六円の支払いを受けた。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1は争う。

インストラクターがプール内で指導するには、受講生のスタートの姿勢の様子を正確にみるためや同じプールを利用する他のグループの声、水音等の喧騒のため、指導の声が届くためには、スタート台の二メートル付近に位置する必要があった。したがって、原告がプールの上から指導したいと申出たにもかかわらず、被告永楽がこれを許さず、一七名の受講生に対し、プール内で一人で指導するよう命じたために、本件事故が生じたものであって、原告に過失はない。

2 抗弁2は認める。

第三  証拠

本件記録中の証拠目録欄記載のとおり

理由

一  請求原因1(原告と被告らの地位)は当事者間に争いがない。

二  本件事故の発生(請求原因2)

本件事故が発生したこと(請求原因2(一)ないし(四))及び右事故態様(請求原因2(五))のうち原告が本件事故により傷害を負ったことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実及び証拠(甲一、二、二〇二、二二二、二二四、二三九、乙三、五、検甲一ないし四、検乙一の1ないし4、証人建部恭彦、同開美智代、原告、被告永楽)ならびに弁論の全趣旨によれば、次の事実がみられる。

本件プールは別紙図面のとおり、長さ二五メートル、幅一五メートルで、七つのコースに分かれており、一コースと七コースの幅は2.5メートル、二コースから六コースの幅は二メートルであるところ、本件事故当日(日曜日)、原告は、一人で、右プールの二ないし六コースを使用して、プールに入り、成人(中学生以上の男女)クラスの受講生約一五名に対し、背泳のスタートの指導をしていた(受講者数につき、原告は一七名、被告永楽は一〇名と供述する。)。受講生の能力はまちまちであったため、二コースには最も泳力の低い受講生を配置し、順次能力の低い順に三コースから六コースに配置した。そして、三回程にわたって、一〇名余にスタートさせ、最後に、二コースに一名、三コースに一名(上田)が残った。そこで、原告は、まず、二コースの受講生に、上田に対して指導する姿勢に倣うよう指示したうえ、三コースの上田の手足に触れて、スタートの姿勢(「位置について」から「ヨーイ」の姿勢まで)をさせ、約二メートル後退して、地点に至り、二コースの受講生が指示どおりの姿勢を取っているかを確認するため、同人の方に目を向けた。その直後に、突然、三コースの上田が、「ドン」の合図もないのに、バランスを崩した状態で、二コース寄りに飛び出したため、地点に立っていた原告の右眼に上田の左手が当たり、原告は右眼瞼・結膜裂傷、網膜振盪症等の傷害を負った。

なお、原告は、右のとおり、一人で指導をしたが、本来は、被告会社の専任コーチ(社員)の加藤慎二(以下「加藤」という。)と二人で指導に当たり、加藤が主任、原告が補助をする予定であった。ところが、加藤は、本件事故当日、他の用事のため指導できなくなったため、原告はこれを知り、指導員(アルバイトコーチ)の補充を要請したが、被告永楽は、これを聞き入れず、原告に対し、一人で指導するよう命じた。

三  本件事故についての被告らの責任及び過失相殺

1  被告永楽の責任(請求原因3(一))

(一)  請求原因3(一)(3)のうち、被告永楽が本件事故後も原告に指導を続けるよう命じたことは当事者間に争いがない。

前記争いのない各事実及び証拠(前掲各証拠、甲一四三ないし一九三、一九五、一九九ないし二〇一、二〇三、二〇五、二〇六、二三九、二四一ないし二五八、乙一、二、九及び一〇の各1ないし5、一一、証人鈴木節男)ならびに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告(昭和四三年八月二八日生)は、昭和六三年一一月、被告会社にアルバイトの水泳インストラクター(指導員)として雇用され、約二一五時間の実地研修(一般には一五〇時間で足りる。)を受け、平成元年三月は八一時間、同年四月は九〇時間、同年五月は一〇〇時間勤務し、それ以降は一か月約一〇〇時間水泳指導の業務に従事し、本件事故までに、その勤務時間数は、一四〇〇時間を越えていた。これに比し、被告会社のアルバイト指導員の一か月の平均指導時間は、学生が多いこともあって、四〇ないし五〇時間となっている。また、被告会社のアルバイト給与は、経験時間数により数段階に分けられていたところ、原告は、当初、最下位の時給五五〇円であったが、本件事故当時は、四段階程上って、時給一〇〇〇円になり、指導員としては、中堅ないしベテランの地位にあった(最高位は時給一三〇〇円)。

(2) 一般に、スイミングスクールにおいては、一指導員が指導できる成人の受講者数は一五名前後とされているが、具体的には、指導内容、使用コース数、受講生の能力、指導員の能力や経験等により決められるところ、背泳のスタートの指導は、後記のとおり、危険も伴うものであるため、能力の低い受講生の場合には、一コースにつき一指導員が必要と解されている(鈴木証言)。

(3) 被告永楽は、原告らインストラクターに対し、水泳指導の全般にわたり、原則として、プール内で指導するよう指示していた。現に、被告会社においては、指導員は、極めて稀な場合を除き、プール内で直接受講生の手足に触れて指導をしてきた。

被告会社においては、入社当初の研修のほかに、月一回程度の研修が行われているところ(但し、その際にプールで指導に当たっている者は参加できない。)、背泳のスタートの指導については、指導員との衝突の危険が伴うため、スタート台から十分に距離を置いて指導するようにとの研修がなされたことがある。そのため、一般に、右距離を五メートル程度と判断し、スタート台において、指導員が手本を示すか、受講生の一人の手足に触れて、スタートの姿勢を指導し、かつ、他の受講生には右と同様の姿勢をとるように指示するかして、直ちに、五メートル程度後退して、「ヨーイ」の合図をし、「ドン」と言って、スタートをさせてきた。

(4) 原告は前記傷害により右眼から血が出たため、プールから上がって、被告永楽に本件事故により負傷し、痛みがあると告げたが、同被告は、引き続きプールに入って当該クラスの残り時間一〇ないし一五分を指導するよう指示した。そこで、原告はプールに入って指導を終え、プールから上がった。なお、原告は、当日、その後にも他のクラスの指導をする予定であったが、これについては、被告永楽は、担当させず、他のインストラクターに代替させた。そして、被告永楽は、原告に頼まれて、箕面市民病院に、まぶたを切った者がいるから診てほしいと電話したところ、同病院が了承したため、原告は一人で同病院に赴いた。

ところが、同病院では、眼瞼・結膜裂傷の縫合ができなかったため、応急処置のみして、原告に中央急病診療所に行くよう指示した。そこで、原告は、同診療所で二か所の裂傷を、それぞれバージンシルク一糸と五糸で縫合する治療を受けた。なお、そのときの原告の視力は右眼、左眼とも1.5であり、眼圧は右20.22mmHg、左一二mmHgであり、前房出血が認められた。そのため、同診療所の担当医は原告に、翌日、大きな病院で診療を受けるよう指示した。

そこで、原告は翌三月一九日、北野病院眼科に通院し、右眼瞼・結膜裂傷、右網膜振盪症、右網膜裂孔と診断され、光凝固療法を施行された。その後、原告は同病院に同月二二、二九日、翌四月一二、一九日に通院した(右通院は当事者間に争いがない。)ところ、三月二九日には抜糸を行い、四月一二日には「きず良好」と診断されたものの、原告は「白っぽく見える」と訴え、同月一九日には視野狭窄が疑われたが、裂傷はよく結着しており、他に異常はないと診断され、眼圧は両眼とも一六mmHgで正常であった。この間、原告は、水泳指導は行わなかったが、被告永楽に指示されて、事務の仕事に従事していた。そして、四月一五日には、プールに入らないで行うダイビング監視に従事したが、このころ、被告永楽は、原告にプールに入れるかと尋ねた。そこで、原告は、医師に意見を求めたところ、一時間程度ならと許可されたため、原告は被告永楽にその旨告げた。その結果、原告は、被告永楽に指示されて、同月二〇日には、一時間、翌二一日には三時間、その翌二二日には四時間、プール内で水泳指導をした。ところが、同日の午後一〇時三〇分ころ、両眼が腫れてきたため、原告は、別居中の母の開美智代(以下「開」という。)に電話で相談したところ、目薬を注すよう指示された。そこで、原告は市販薬(新ロート目薬)を点眼したところ、腫れが増大したため、午後一一時三〇分ころ、近所の人の介助を得て、北野病院眼科に行き(但し、同日の通院は当事者間に争いがない。)接触皮膚炎と診断され、リンデロンA(副腎皮質ステロイド剤)を処方された。

(二) 以上認定のとおり、原告は、本件事故当日、被告永楽の指示により、一人で約一五名の受講生を本件プールの合計五コースを使用して、指導をしていたところ、背泳のスタートのプール内での指導(被告会社においては原則的に、水中での指導が義務づけられていたことは前記のとおりである。)については、その危険性に照らし、泳力の低い受講生を対象とする場合には一コースに一指導員を要すると解されるのに、本件においては泳力の低い受講生を二つのコースに同時に配置したのであり(右方法は、予定どおり、加藤とともに指導に当たる場合には適切である。)、適切を欠いたといわざるを得ない。すなわち、被告永楽としては、予定に反して、原告一人に指導させることになったのであるから、例外的にプールの上で指導するよう指示するか、手足に触れて指導する必要のある、泳力の低い受講生を一コースだけに配置するよう指示すべきであった。

さらに、前記のとおり、被告永楽は原告が本件事故により負傷したにもかかわらず、プール内で指導を続けるよう指示したり、平成二年四月二一日及び二二日には、医師の許可した時間を越えて、原告にプールに入るよう指示したものであり、その結果、原告の傷害が悪化した面があるといわざるを得ない。

よって、被告永楽には、右のとおりの過失が認められるから、同被告は原告に対し、民法七〇九条に基づく責任を負う。

なお、原告は、被告永楽が一か月九〇時間を越える長時間、プール内で指導するよう命じたために、本件事故が生じた旨主張する(請求原因3(一)(4))ところ、原告が平成元年五月以降、一か月約一〇〇時間プール内で指導していたことは前記認定のとおりであるが、右事実が本件事故の原因とは認められないから、右主張は失当である。

2  被告会社の使用者責任(請求原因3(二))

前記のとおり、被告永楽は被告会社の従業員であり、被告永楽の右不法行為が被告会社の業務につき行われたことは明らかであるから、被告会社は、民法七一五条に基づく責任を負う。

(したがって、被告会社の安全配慮義務違反の主張(請求原因3(三))について判断しない。)

3  過失相殺(抗弁1)

前記のとおり、原告は、本件事故当時、一四〇〇時間以上の指導経験をもつ、中堅ないしベテランの指導員であったから、背泳のスタートの指導の危険性を熟知していたと推認される。本件事故は、前記のとおり、原告が三コースの上田に、スタートの姿勢をとらせたまま、約二メートル後退したのみで、同人を注視することなく、二コースの受講生のみに目を向けていた(甲二〇二)ために生じたものであって、上田の後方約二メートルに位置することは、同人の能力に照らし、本件のような危険な事態に至ることが予測できたはずであるから、この点において原告に過失があったといわざるを得ない。さらに、原告は、上田を注視していなかったために臨機の措置(とっさに水中に逃げる等)をとることができなかったのであるから、この点にも過失が認められる。

原告は、被告永楽から、前記二メートルの場所に位置して、背泳のスタートの指導をすべき旨指示されていたと供述するが、前記認定の、被告会社においては、スタート台から十分な距離を置いて指導するよう研修が行われていた事実や他の指導員が五メートルの位置で指導していた事実等に照らし、右供述は信用できない。

原告としては、予定に反して、一人で指導することになったのであるから、原則として許されていなかったプール上で指導する方法はとれなかったにしても、より安全な距離を置くとか能力の低い受講生を配置した二コースと三コースについては、同時にではなく、異時に、右受講生を注視して指導する等の配慮をすべきであったということができる。

以上を総合して考慮すると、原告の過失割合は五割とするのが相当である。

4  被告会社の損害補償契約に基づく責任(請求原因3(四))

証拠(甲一九八、証人開美智代、原告)によれば、原告と開は平成二年九月一一日、被告会社を訪れ、代表者の松波と長時間話し合ったこと、その際、松波は、「授業中に会員さんがけがさせたことであるから、それについての責任は会社で負います。」と述べたことが認められるものの、さらに具体的に、賠償方法、賠償額等につき協議されたことは本件全証拠によるも認められないから、右認定事実をもって、原告主張の契約が成立したとは認められない。

四  本件解雇及びその違法性(請求原因4、5)

1  被告会社が、平成二年七月一三日に原告を解雇したことは当事者間に争いがない。

2  原告は、本件解雇は労働基準法一九条に違反し、違法であると主張するので、以下に検討する。

(一)  労働基準法一九条は、労働者が業務上負傷し、療養のために休業する期間及びその後三〇日間における解雇を禁止している。したがって、右にいう休業期間は、業務上負傷したために、治療中であるというだけでなく、それにより少なくとも一部休業中であることを要すると解される(一部休業は同条の休業には該当せず、原則として全部休業に限るとの見解も多い)。

(二)  ところで、原告は、本件事故後、前記三1(一)(4)記載のとおり、治療を続けながら、事務の仕事やプール内での指導を行ってきたが、平成二年四月二二日に症状が悪化したことが認められるところ、その後の経緯については、証拠(甲一四三ないし一四六、一六八ないし一七〇、一九四、二〇三、二二七、二四一ないし二五八、証人開美智代、原告、被告永楽)及び弁論の全趣旨によると、次のとおり認められる。

原告は、症状が悪化したため、平成二年四月二三日以降は、プール内での指導をしなくなり、同月二六日付の、治癒までの期間の休業加療を要する旨の北野病院医師作成の診断書を被告会社に提出した。その後、原告は、本件解雇までの間に後記五1記載のとおり、二日間同病院に通院したが、同年五月一〇日には格別の異常はみられなくなった。そこで、原告は、翌一一日以降、ほぼ連日プールに入って指導を行うようになり、同月は五七時間、翌六月は118.5時間、同年七月は一三日(本件解雇日)までに57.5時間水泳指導をした。なお、被告会社は、同月一九日から同年八月一三日までの間、静岡県において、「すくすくスクール」(海で児童に水泳指導などをする合宿)を開催したところ、原告は、右スクールに指導員として、参加する予定になっていたため、右期間中に眼に異常事態が生じ、合宿所近くの医院に通院する場合に備えて、同年六月一八日には、北野病院の医師に、紹介状を作成してもらった。右書面には、「右眼下方に裂孔があったので、光凝固治療を行い、経過観察中。隅角解離がみられるようだが、眼圧は正常。現在は飛び込み等も許可している。」旨記載されている。

被告会社は、本件解雇後の平成二年七月一八日、労働基準監督署の勧告に基づき、労働基準法二〇条所定の予告手当て一二万一〇〇〇円(三〇日分の平均賃金)を開に支払い、同人は原告の名で受領した。

(三)  右に認定したところによれば、原告は平成二年五月一一日以降、休業することなく、出勤のうえ、従前どおり、プール内で水泳指導を行っており、また、当時の原告の症状は休業を要する状況ではなかったといわざるを得ないので、本件解雇は、労働基準法一九条にいう、休業期間後三〇日を越えてなされたものとなり、同条に違反しない。

なお、前記のとおり、被告会社が解雇予告手当てを支払ったのは、解雇後の平成二年七月一八日であるから、本件解雇は右時点で効力が生じた。

よって、本件解雇は労働基準法に違反せず、有効であるから、被告らには、本件解雇について不法行為は成立しない。

五  損害(請求原因6)

1  原告の治療経過及び後遺障害(同(一))

(一)  原告が本件事故当日から平成二年六月七日まで、原告主張のとおり通院したこと、原告の後遺障害につき、原告主張のとおりの認定がなされたことは当事者間に争いがない。

(二)  平成二年四月二二日までの症状、治療経過は、前記三1(一)(4)に認定のとおりであり、その後の状況は、前記各事実及び証拠(甲一、二一八、二四一ないし二五八、原告)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認められる。

原告は、平成二年四月二六日、翌五月一〇日、同年六月七日(同日までの通院は当事者間に争いがない。)、同年七月一九日、同年九月二五日、同年一一月一九、二二、二六日、翌平成三年二月一四、一九日、翌三月一、八日に北野病院へ通院したところ、平成二年四月二六日には、視野狭窄がみられたが、結膜と眼瞼の腫脹は低下し、眼圧は定常で、網膜の振盪はなく、右眼の視力は1.5、眼圧は一六mmHgで正常であった。その後、格別の異常なく推移したが、同年九月二五日には、原告は三日前から頭痛と右眼痛がすると訴えたものの、特に異常は認められなかった。そして、同年一一月一九日には、眼瞼の腫脹が認められ、同日行われた調節力検査の結果は、右眼が3.6ジオプトリー、左眼が8.4ジオプトリーであって、右眼の調節力の低下(標準値は8.0ジオプトリー)が認められた。その後、同月二六日には、原告は、前日からの右眼窩周囲の腫脹、複視、多重複視などを訴えた。しかし、眼底には異常はなく、眼瞼の腫脹も不変であった。なお、同年一二月一四日には、担当医師は、右眼外傷の後遺障害として調節障害、反復性の眼瞼浮腫を認めるとの診断書を作成している。

そして、平成三年二月一四日には、原告は、二週間くらい前から、見たいところがぼけて見えにくい、右眼が白っぽくぼけて視力が落ちている、動くものが見えにくいと訴えたので、視力検査をしたところ、右眼が0.9から1.0程度、左眼が1.0であった。また、同月一九日に限界フリッカー値(臨界融合頻度)の検査を行ったところ、左眼は四五Hzで正常であったが、右眼は初回が三三Hzから四〇Hzで、二回目が三〇Hzから三一Hzであって、多少注意ないし要注意という診断であった。また、同年三月一日、原告は同病院でCTスキャンにより視神経、眼窩先端の検査をしたが、特に異常はみられなかった。

そして、北野病院の担当医は、同年三月一七日付で、同日を症状固定日とする「右眼の調節力は3.6ジオプトリーであって、右眼調節力の低下を認める。これは外傷のため、毛様体の機能障害が生じたと思われる。眼科的には一二級一号に該当する。」との診断書を作成した。

(三)  右(一)(二)によれば、原告は本件事故により、右眼瞼・結膜裂傷、網膜振盪症、網膜裂孔の傷害を負い、平成三年三月一七日、右眼調節力低下の後遺障害を残して症状が固定したこと、右障害の程度は一二級一号に該当することが認められる。

なお、被告らは右後遺障害は、本件事故後に①原告が使用した薬剤の影響、②担当医師の治療の誤り、③原告本人の不摂生から生じたものであって、本件事故とは相当因果関係がないと主張するところ、①については、前記のとおり、平成二年四月二二日に、原告が市販薬を注したために眼の腫れが増大したことが認められるものの、右後遺障害は、外傷のため毛様体の機能障害が生じたことによるものであるから、市販薬の点眼とは関係がないし、②③については、本件全証拠によるも、これを認めることはできない。したがって、被告らの主張は失当である。

2  損害額(同(二))

(一)  逸失利益

五六九万〇五一二円

原告(昭和四三年八月二八日生)は本件事故当時、被告会社にアルバイトとして勤務し、一か月一二万円程度の収入を得ていた(甲一七二ないし一七四、弁論の全趣旨)。なお、原告は被告会社に勤務する前は豊中市役所でアルバイト勤務していた(乙一六、原告)。

ところで、原告は、本件事故当時、被告会社から正社員にすると約束されていたので、逸失利益の算定は賃金センサスによるべき旨主張するところ、証人開美智代及び原告は、右約束があった旨供述する。しかしながら、右各供述は、そのような約束はなかった旨の証人建部恭彦の証言や被告永楽の供述に照らし、たやすく信用できないし、他に右約束の存在を認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の主張は採用できない。

ただ、前記のとおり、原告は、被告会社に就職後、時給五五〇円から一〇〇〇円に昇給したものであり、さらに勤務を続ければ、時給一三〇〇円に昇給したであろうと認められるので、右事情を考慮して、前記実収入によることなく、年収一八〇万円を基礎収入として算定することとする。

そして、原告は前記症状固定時の満二二歳から満六七歳までの四五年間就労可能であり、前記後遺障害の程度に照らし、労働能力を一四パーセント喪失したと認められるから、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除し、右逸失利益の本件事故時の現価を計算すれば、五六九万〇五一二円(円未満切捨て)となる。

(算式)180万円×0.14×(23.5337−0.9523)=569万0512円

(二)  本件事故の慰謝料

二五〇万円

前記傷害の程度、症状固定日までの通院期間(実日数一九日)、後遺障害の内容・程度、被告永楽の事故後の対応が極めて不誠実であったこと、被告会社は原告に見舞金二万円を支払っていること(弁論の全趣旨)等本件に顕れた一切の事情を総合して考慮すると、通院慰謝料は三〇万円、後遺障害慰謝料は二二〇万円をもって相当と認める。

(三)  本件解雇による慰謝料 否定

前記のとおり本件解雇について被告らに不法行為は成立しない。

(四)  過失相殺後の損害額

四〇九万五二五六円

右(一)(二)の損害合計は八一九万〇五一二円であるところ、前記認定の過失相殺割合に基づいて五割減額すると、四〇九万五二五六円となる。

(五)  損益相殺(抗弁2)

原告が、労災保険法に基づく障害補償給付金五四万〇六九六円の支払いを受けたことは当事者間に争いがなく、これを右額から控除する(但し、右給付金は、逸失利益にのみ充当される。)と、三五五万四五六〇円になる。

(六)  弁護士費用 三六万円

本件事案の内容等一切の事情を考慮すると、弁護士費用は三六万円をもって相当と認める。

六  結語

以上により、原告の請求は、被告らに対し、連帯して、三九一万四五六〇円及び弁護士費用を除いた三五五万四五六〇円に対する、不法行為後の平成二年七月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下方元子 裁判官水野有子 裁判官宇井竜夫)

別紙図面〈省略〉

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